輪廻転生の生命

仏教では、生き物を殺すことを「殺生罪」といい、

私たちの犯す罪悪の一つに教えられています。



一方、キリスト教では殺生を罪とは言いません。



聖書には、動物は人間に食べられるために神が用意したもの、

と記されているからです。




旧約聖書、創世記の一節に

=====

神は彼ら(人間)を祝福して言った。

『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。

 海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。』

======

とあります。



万物の創造主にして、

一切の運命をつかさどる神がそう決めたのだから、

動物を殺して、肉を食べることを罪にはならないことになります。



キリスト教のみならず、

旧約聖書をルーツとするイスラム教やユダヤ教も同様です。



人間に食べられるために

神に造られたのが彼ら動物だ、という発想からは、

動物を人間が殺して肉を食すことに

文句言われる筋合いはなくなります。



ですから教会の横に屠殺場があっても、

何の違和感もありません。



■一方、仏教ではすべての生命は同根である、と説きます。



今、人間として生を受けている我々も

輪廻している生命の歴史の中には、

どんな動物に生を受けたことがあったかも知れません。



輪廻転生の生命の実相を知れば

人間だけが偉い、支配して当然の存在だ、

というのは人間の勝手な言い分になります。



■キャベツを食べるアブラムシを

人間は害虫と呼びますね。

一方、アブラムシを退治するテントウムシを益虫と呼びますが、

あれは人間が決めた勝手なレッテルです。



アブラムシの立場にしたら、

テントウムシは害虫です。



キャベツを自分達だけで食べたいという人間の都合で

アブラムシは害虫呼ばわりされるのです。



肉を食べたいという人間の都合を中心に

正邪を判断すれば

動物を殺すのは罪と思わないのでしょうが、

それも人間が決めた勝手な言い分です。



『地球市民』という言葉もあって、

地球全体のことを考えて行動しよう、と言われたりしますが、

地球の立場で考えれば、

人間こそ『害虫』と駆除されてしまうのでは?



仏の目には、すべての生命は平等であり、

上下はありません。

▽強いからといって殺していいのか。

▽頭悪いから、といって殺していいのか。


以上、
親鸞聖人の教えを学べる講座を開催されている方から届いたメールです。







.
[PR]
by sos-wind2 | 2015-07-14 17:30 | なぜ生きる | Comments(0)

猫暮らししてる絵描きのブログです


by 過ぎゆく風