4月8日という日

48日は、仏教を説かれたお釈迦さまの誕生日です。


「花祭り」といい、

小さな釈迦像に甘茶をかけているのを見たことのある人もあるでしょう。


この日を「花祭り」と祝うのは、

お釈迦さまがルンビニーという花園で誕生されたからです。


このご生誕にまつわるお言葉から、

私たちの生まれてきた意味を学びましょう。


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お釈迦さまが2600年前のインドで説かれた仏教は、

今日(こんにち)、多くの著名人が注目する人生哲学です。


100年前に予言した「重力波」が昨年確認され、

改めて天才が証明された20世紀最高の科学者・アインシュタインは、


「現代科学が抱えている困難な問題を解決できる唯一の宗教は仏教である」


と称賛しています。


最近では、フェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグ氏や、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏、オバマ前大統領らが注目する世界的ベストセラー『サピエンス全史』にこうあります。


「仏教はおそらく、人間の奉じる他のどんな信条と比べても、幸福の問題を重要視していると考えられる。2500年にわたって、仏教は幸福の本質と根源について、体系的に研究してきた」


仏教には、私たちが本当の幸せになれる道が教えられていると、多くの人が感じ取っているのでしょう。


その仏教の目的を端的に表したお釈迦さま誕生の逸話をお聞きしましょう。


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当時、インド北部で栄えた釈迦族の長・浄飯王と后のマーヤー夫人には、永らく子供に恵まれなかった。

ところがある時、待望の世継ぎが授かったのである。


月満ち、初産であった夫人は、故郷の隣国へ里帰りした。

その帰途にあったルンビニーの花園で、突如、産気づいた夫人は、

後(のち)の仏陀、釈迦牟尼となるシッダルタ太子を出産される。



この時、太子は、東西南北に7歩ずつ歩まれて、

右手で天を、左手で大地を指さしてこう宣言されたといわれる。



天上天下 唯我独尊 (てんじょうてんが ゆいがどくそん)

 三界皆苦 吾当安此 (さんがいかいく ごとうあんし)」


(天上にも地上にも、人間(我)のみ独尊あり。

 人生(三界)はみな苦なり。吾(釈迦)当に此を安んずべし)



いかにお釈迦さまでも、生まれてすぐに歩かれたり、話されたりするはずはありません。

この話は何を示唆しているのでしょう。



まず、東西南北に7歩ずつ歩まれたとは、

6より1多い「7」に意味があります。


私たちの生命は「六道」という迷いの世界を輪廻している、と仏教では教えられています。


「六道」とは「六界」ともいわれ、次の6つの迷界のことです。



●地獄界ーー最も苦しみの激しい世界


●餓鬼界ーー餓鬼道ともいう。食べ物も飲み物も皆、炎となって食べられず飲まれもせず、飢えと渇きで苦しむ世界


●畜生界ーー犬や猫、動物の世界。弱肉強食の境界で、常に不安におびえている世界


●修羅界ーー絶えない争いのために苦しむ闘争の世界


●人間界ーー苦楽相半ばしている、我々の生きている世界


●天上界ーー六道の中では楽しみの多い世界だが、迷界に違いなく、悲しみもあり寿命もある



7歩(ほ)歩まれたとは、この6つの迷界(苦しみの世界)から1歩、出て離れることを表します。


すべての人に、

人間に生まれた目的は、この六道を出離して真の幸福になることであることを示されたのです。


これが「7歩」の意味です。




続けてお釈迦さまは、

「天上天下 唯我独尊」

と仰います。


一般には、

「ただ自分(釈迦)だけが偉い」という意味だと思われていますが、

そうではありません。


「実るほど 頭の下がる 稲穂かな」

といいます。

世界の三大聖人のトップに挙げられるお釈迦さまのような方が、自ら“オレは偉いんだ”などと言われるでしょうか。


これは「唯我独尊」の「我」を

どう理解するかで意味が変わってきます。


」は釈迦だけではなく、私たち人間のこと


釈迦自身を表すわれ」は、

この後の四句目「吾当安此」の「」ですから、


この「天上天下 唯我独尊」で、

「ただ我々人間にのみなしうる、たった一つの尊い目的(独尊)がある」

と、お釈迦さまは仰っているのです。


我々人間の命に差別はなく、皆、平等に尊いということです。



人間に生まれた目的は、

6つの迷界(苦しみの世界)から、離れることです。

それができるのは、人間界に生まれた時だけなのです。

それが「天上天下 唯我独尊」の意味です。


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「天上天下 唯我独尊」

のあとにお釈迦さまは、

「三界皆苦 吾当安此」

と言われています。


「三界」とは、「苦海」「苦界」ともいわれ、

私たちが住む世界(人間界)を、三つに分けて教えられています。



●欲界ーーさまざまな欲望のみで生きている世界


●色界ーー「色」とは物質のこと。分かりやすく言えば、絵画や彫刻、音楽、文学などの芸術の世界。やはり苦悩の世界


●無色界ーー物質を超越した精神の世界。いわゆる哲学、思想の世界。三界の中では最も高尚だが、「人生の目的」「真の幸福」は明らかにされていない



いずれも苦しみ迷いの世界ですから、

「皆苦(皆、苦なり)」と言われます。


「三界は火宅の如し、安きことなし」

とも経典に説かれています。



しかし、お釈迦さまは、

この三界にいながら、誰もが本当の幸福になれるのだよ、と

「吾当安此(吾当に此を安んずべし)」

と仰います。


仏教を聞けば、苦しみの六道を離れ、

どんな人も本当の幸せになれることを、ここで断言されているのです。


生きている今、

男女、年齢、貧富の差、人種や民族に関係なく、誰でも絶対の幸福になれる。

これが、私たちが人間に生まれてきた本当の意味であり、

今がこの幸せになれる最大のチャンスです。


仏法を聞けば、

「天上天下、この広い大宇宙で、今、私が生まれてきたのは、この幸せになるためであった」と

心から喜べる人生が開かれるのですよと、釈迦誕生のエピソードで教えられているのです。

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↑写真は一昨年の桜です。
去年はチィちゃん亡くしたショックで桜咲いたのさえ覚えてなくて、見たかどうかも記憶してません。
今年は桜の写真を撮りたいなって思います^_^

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Commented by komachimaman at 2017-04-09 01:46
娘が仏教系の学校に通っていたので
4月8日に花祭りをしていたのを思い出しました。
甘茶?を飲んで、校門前の観音像に礼をしたのを
覚えています。

仏教のお話、とっても興味深いです。
六道の言葉は、今日たまたま「ぶらタモリ」で聞きました。
何か縁のようなものを感じます。
Commented by sos-wind2 at 2017-04-09 12:55
> komachimamanさん
仏教は因果の道理を根幹として説かれていますから、聞けば誰でも納得できる教えなのですよね。

私たちは今、六道の中の人間界にいます。
ココにいられる時でないと仏教は聞けないし、六道から離れられないと教えられています。

こまちママンさんと私がこうしてお話ししているのは『多生の縁』
過去世において何処かで会っているのですよね^^
by sos-wind2 | 2017-04-08 00:01 | なぜ生きる | Comments(2)

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