死後の答え

8月のお盆や、9月の彼岸の時期に、
最近、需要が高まっている仕事があるそうです。

それは「お墓参り 代行サービス」です。

「代行運転なら知っているけれど、墓参りの、代行!?」と
驚かれるかたも、あるでしょう。


いろいろ悩みが あるようです。

「お墓参りに行きたいけれど、多忙で、都合がつかない…」

「お墓が、遠方にあって、ちょくちょく行けない…」

「高齢なので、お墓参りに行くのが、とても大変…」

「できたら、毎月、掃除とお供えはしたいけど、手が回らない…」

「しばらく、お墓参りに行っていないので、お墓の状況が知りたい…」


こんな声に応えて、
各地で展開されている、代行サービスですね。



このようなサービスを希望する人が多いのは、

「墓参りすれば、“先祖”供養になるだろう」という心であり、

「墓参りをおろそかにして“先祖”のタタリでもあったらどうしよう」という、
漠然とした不安からでありましょう。



***

仏教を説かれた お釈迦さまは
「人身受け難し、今、已(すで)に受く」と仰っています。


人間界に生を受ける(人間に生まれる)ことは、
いかに難しく、有り難く、喜ぶべきことかを教えられ、

人間に生まれなければ、果たすことできない
素晴らしい目的・使命のあることを
お釈迦さまは、明らかにされています。


その「人間」に、わたくしが、生まれてきたということは、
“先祖”が、ひとり欠けても、あり得なかったことですから、
大変な深い恩を受けていることは、間違いないでしょう。



***

ただ、ここで、考えてみたいのは、

「“先祖”の霊が墓に眠っている」
「盆の時期になると“先祖”の霊が墓に帰ってくる」
「先祖供養をおろそかにすると“先祖”の霊のタタリで子や孫が不幸になる」

などと、
常識のように、思われていることについて、です。




そもそも、

ひとは、死んだあと、墓石の下に、いられるものなのか・・・

死ねば、生きている人間(子孫)に、禍福を与える力を持つのか・・・

死んだあとは何もなくなる、と言う人もあるが、死後の世界はあるのか・・・

人が亡くなると「他界する」というが、他の世界とは、どんな世界なのか・・・

死後の世界があるとすれば、どんな世界なのか・・・

死ねば「風になる」と歌う人もあるが、そんな自由な身になれるのか・・・

私も、やがて死んでいくが、死ねば、どこへいくのだろう・・・



あいまいなまま、

慣習に身を ゆだねている わたくしたちに、

死後の答えを、ハッキリ説かれているのが、仏教です。



盆や彼岸など、仏事を縁として、
「私も、死んでいかねばならないのだ」と、
生死の一大事に触れ、自身の人生を見つめることが大切ですね。



以上、
親鸞聖人の教えを学べる講座を開催されている方から届いたメールです。
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by sos-wind2 | 2015-09-03 17:12 | なぜ生きる | Comments(0)

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